草々不一

長文で書きたくなったことを保存します。誰かに届きますように。

最大多数の最大幸福

 トロッコ問題とは、トロッコが直進すると5人の人が轢かれるが、スイッチを押し進路を変えれば1人の犠牲に抑えられる、という利益と道徳を問う有名な思考実験である。しかしあの時僕は6人全員が助かる選択肢を模索した。その結末がどうなるかなんて想像できたはずなのに。

 

 

 未明、寒さを感じて目を覚ます。ベッドから体を起こすと寝る前には掛かっていたはずの布団がベッドから落ちていることに気付く。ほんの一週間前までタオルケット一枚で寝ていたため、布団の重さを不快に感じ、蹴っ飛ばしてしまったかと考える。布団をベッドの上に戻す。雨音がする。そういえばまた台風が来るらしい。こんな気温の中、台風のことを考えるのも不思議だなと思いつつ枕付近に手を伸ばす。スマートフォンを手にするためだ。しかしなかなか見つからない。寝る前何していたかなと考え始めたとき、暗闇に慣れ始めた目が他より僅かに黒いものを見つける。画面をつけるとまぶしい光を放ちながら時刻を表示した。AM4:00、なんとも言えない時間である。もう一度寝てもよいが、起きてもよい。そこでベッドから降りる理由を探す。小腹が空いていたので、これを理由に活動し始めることに決めた。

 

 スマホの光を頼りに台所に行く。紐を引っ張ると、二回点滅した後パッという音とともに蛍光灯がつく。その下でやかんに水を汲み、コンロでお湯を沸かす。コンロの火が心地よく感じる季節になったなと感じる。沸騰するまでの間にカップ麺を用意する。今回はカップ焼きそばである。以前は「どうせお湯を沸かすのに、お湯を捨てるなんてもったいない」とインスタントの焼きそばは避けていたが、今でははずれが少なく比較的安価なインスタント麺として重宝している。同時にお湯が余ることを想定してコーヒーを用意する。やかんから出る湯気を見て火を止める。カップ焼きそばにお湯を入れ、砂時計をひっくり返す。カップ麺の時間なんてあまり気にしていないが、砂時計をひっくり返すということ自体に満足感を得る。想定通りお湯が残ったので待っている間にコーヒーを飲むことにした。コーヒーには牛乳が欠かせない、というのが持論である。何も入れずに飲むと沸騰したての温度で飲むことになるのだ。きっとブラックが好きな人たちは舌をやけどしているから味がわからないのだろう、そんな馬鹿なことを考えているといつの間にか砂時計の砂はすべて下に落ちていた。

 

 お湯を捨て、蓋を開く。ここの工程でいつもうんざりする。蓋にキャベツがくっついているのである。箸を出し、キャベツを取る。しかし、ひとかけらがお湯を捨てるための穴に入ってしまいなかなか取れない。どれだけ食べられたくないんだよお前、とぼやきながら裏からつついたり蓋を折って引っ張ってみたりする。時間にするとものの数秒だったはずだが、不思議とものすごくおなかが空いていく。我慢の限界に達しとりあえず蓋を取ろうとした。しかし蓋は少しくっついたままで、勢い余って容器がさかさまになっていく。凝縮された時間の中、瞳で落下する麺を捉えながら「容器を置いてから蓋を取るべきだったな」と冷静に己の行動を振り返る。

 

 後には捨てたお湯とともに湯気を出す麺と、蓋についたひとかけらのキャベツだけが残った。冷静になった手元は、握りしめていた蓋から見事にキャベツを救出し、それを口へ運んだのだった。